外国人登山者の遭難が増える中、なぜ法改正は進まないのか?

社会時事

日本の山で、外国人登山者遭難し救助されるケースが後を絶ちません。

最近では、長野県のバックカントリーで外国人3人が遭難、また北海道・旭岳でも外国人7人とガイドが救助されるなど、連日のようにニュースが報じられています。

こうしたニュースに触れ、私自身が強く思うようになったのは、「情報提供だけでは限界がある」ということです。

日本語だけでなく英語の注意喚起、立て看板、多言語サイト。

どれだけ整備しても、それを「読む人」「守る人」ばかりではないのが現実です。

結局のところ──

無視する人は、無視する。

それなら法制度そのものを見直さない限り、問題の根本解決にはならないのではないか?

本記事では、実際の遭難事例から「今ある対策の限界」と、「なぜ国は法改正に踏み出さないのか?」という本質的な問いに迫ってみたいと思います。

実例①長野県小谷村で外国人3人がバックカントリー遭難

標高1,200mの雪山で、外国人男性3人が埋もれた雪の中に避難しながら、28時間ものあいだ救助を待ち続けたという事例がありました。

【ポイント】

  • 救助までに要した時間:28時間
  • 装備は不十分
  • ルート外で行動していた可能性あり

幸い、命に別状はありませんでしたが、「雪に慣れていない」「装備が甘い」「情報が不十分」というリスクが浮き彫りになったケースです。

実例②北海道・旭岳で外国人7人+日本人ガイドが遭難

こちらはツアー形式でしたが、天候急変の中で行動不能に陥り、救助要請

1名が軽度の凍傷で搬送されました。

【ポイント】

  • 外国人7人+ガイド1人のツアー登山
  • 凍傷者発生
  • 言語や装備面のすれ違いも一因と指摘されている

たとえガイド付きでも、悪天候や意思疎通の不備があれば危険は回避できないことを示しています。

なぜ情報提供では足りないのか?

一見すると、英語の立て看板や多言語のWebサイトがあれば十分と思われがちです。

しかし現実には、

  • 看板を「読まない」人がいる
  • 注意書きを「無視する」人がいる
  • 禁止ルートを「わざと」選ぶ人すらいる

つまり、「自由に行動したい」「自分の判断で決めたい」という人間の本能が、安全対策を上回ってしまう場面があるのです。

これは日本人登山者にも同じことが言えますが、とくに観光感覚で来日する外国人には「日本の山岳リスク」が伝わりにくいという構造的な壁があります。

では、どうすればいいのか?法改正しかないという現実

そこで私が思うのは、次のような現実的な問いです。

「情報提供しても無視する人がいるなら、法律で縛るしかないのでは?」

これは、感情的な話ではなく実務的・制度的な論点だと思います。

登山は自由であるべきという意見も理解できますが、現実には以下の問題があります:

  • 救助には莫大な税金が使われている
  • 遭難者は「救助費用を払わずに済む」ケースが多い
  • 山岳救助が増えれば、他の緊急サービスに支障が出る

となれば、無謀な登山に対しては何らかの制度的・法的な制約や負担が必要ではないでしょうか。

法制度が現状で動いていない理由とは?

「じゃあ、なぜ国は法改正をしないのか?」

この問いに対して、現実的な理由は以下の通りです。

優先順位が低いと判断されている

国会では予算・経済・外交などの「国家レベルの課題」が常に優先されます。

登山の遭難問題は、規模として小さく、政治的な注目度が低いのが実情です。

選挙に有利ではないから

登山問題は有権者の一部にしか関心がありません。

逆に、規制強化や罰則導入をすれば、反発する人も出てくる。

つまり、「得票にならず、リスクだけある」テーマです。

地方自治体に任せている

多くの救助は、都道府県や市町村レベルで行われています。

そのため、「条例で対応すれば十分」という考えから、国レベルの法整備は後回しにされています。

制度設計が難しい

  • どこからが「無謀登山」なのか?
  • どの装備が「不足」と判断されるのか?
  • 救助費用の全額負担?一部?誰が判断する?

このように、具体的な線引きが困難であるため、議論が進みにくいのです。

国民の問題意識が弱い

世論が盛り上がらなければ、政治家も動きません。

今のところ、登山救助の問題が“全国的議論”にまで広がっていないのが現状です。

制度化に向けて考えられる対策例

では、今後どのような制度設計が可能なのでしょうか?

一部実現可能そうなアイデアを挙げます。

対策案内容
登山届の義務化全国で登山計画書の提出を法的義務に(違反には罰金など)
救助費用の自己負担化閉山期や軽装など「明らかに無謀な登山」に対して一部費用負担を義務付け
登山許可証制度富士山や冬季の高山などは許可制にし、事前講習を受けた人のみ許可
外国人向けレクチャー義務高山登山をする訪日外国人には、空港または登山口で事前説明と同意書の取得

これらの対策には賛否両論ありますが、少なくとも議論を始めること自体が急務ではないでしょうか。

終わりに:登山の自由と、命の重さ

登山は「自由」であることに価値があります。

しかしそれは、「責任ある自由」でなければ成立しません。

情報提供だけでは足りない。

文化の違いだけでも片付けられない。

そして税金で救助を続けるにも、限界があります。

だからこそ、今こそ法整備を含めた“次のステージ”の議論が必要だと感じます。

あなたはどう考えますか?

  • 「登山の自由は、責任とセットで守られる」
  • 「法改正は、登山者の自由を守るための準備でもある」

そう考える人が、少しずつでも増えていくことを願っています。

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